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☆あめ☆



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☆あめ☆


こんばんは、きんせい☆です。


今日はあめの詩です。



あめ


とっても高いところから一粒の雨が落ちてきた

はるか遠くの空からやってきたんだ

広い太平洋の向こうのほうの海から姿を変え空に上がってやってきたんだ

ずいぶん長旅だったんだね 君


雨粒はみんなで集まって排水溝に向かっていく

川を泳ぎ海にたどり着き

またどこかの海に帰っていく

また遠くに行っちゃうんだね 君


今までいくつの国を旅してきたんだい?

今までいくつの人を見てきたんだい?

今までいくつの時代を見てきたんだい?

君は何歳?


まぁるいね 君

どこもとがってないよ

歳のせいかい?


僕はここに居ることしかできない

君みたいに高いところから落ちてくることはできないし

姿を変えて高いところにあがることもできないよ

まして川や海を泳げないしね


たった一粒の君の事なんかだれも見てないかもしれないけど

ぼくはちゃんと見ているよ

君はすごいよ


君はぼくのことどう思う?

君には全くかなわないけど頑張っているつもりだよ

こんなやつがいたなってことも覚えておいてくれるとうれしい

海に帰ってもちょっと思い出してよ

空に帰ってもちょっと思い出してよ

もう会えないかもしれないけど

そう思い出してくれるだけで勇気が湧くよ


偉大なる一粒のあめよ


多くのすばらしい人と出会う機会に恵まれていることに感謝しつつ、
少しでも、みなさんの生活が幸せで豊かになりますように(^^♪

私が教えていただいたことをみなさんと分かち合い、1人でも多くの方が幸せになることは、
私のとって最高の幸せです☆




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☆死の詩☆



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☆死の詩☆


こんばんは、きんせい☆です。


今日は死の詩を書きます。



光の止まるとき ときが止まる

でも止まるのはあなたの光だけ


振り返り、涙を流し、いつまでも見つめていても、脳に止まれと言っても
距離は広がっていく

私の光は前にしか進まない、止まらない


最期ってどこ? いつ?

夢じゃないって本当? うそと思いたいけど、ここは現実(リアル)な世界

そう...ただ寝ているだけ、なんてわけない

泣いたら許してくれる?

泣いて涙で目を腫らしたら あなたいつも言い過ぎたかなって顔したじゃない

それがつながっている”しるし”だった


今はあのとき以上に涙が流れ止まらないのに

目は腫れあがってはずかしいのに

立ってもいられないぐらい悲しい、辛いって言っているのに...


あなたは少し微笑んでいるだけ


そうだね  お別れなんだね

おわかれ




多くのすばらしい人と出会う機会に恵まれていることに感謝しつつ、
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☆死は瞬間か?☆



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☆死は瞬間か?☆


こんばんは、きんせい☆です。

今日は最近考えていたことを書きます。



エリザベス・キュブラー・ロスは、死は“瞬間”であるといいました。
生の出口、死後の世界の入り口であり、その接点であると。

しかし、違った見方もあるのではないかと最近思っていたわけです。

仕事上、多くの方のまさに”死”に立ち会い、死を”診断”しているわけです。

医学的に死は心臓が止まった時あるいは脳死状態などと議論され、定義されているわけですが、
これは便宜上そのようにしようという話で死が何かということとは全く別問題です。
医学の都合上、こうなったら死と診断することにします、と便宜上しているだけです。

"生"という期間があり、"死後の世界"というのがある?かどうかは別にして、人が亡くなれば残された人にとっては、その人がいないのに、時間だけが流れている世界に残されるわけで、亡くなった人がどこにいったか、どこかで暮らしているかは知りませんが、まあ死後の世界で生きているという風に考えるわけです。

その生という期間と死後の世界の間に、”点”として死があるのではなく、生とある程度重なりながら、死という期間があるのではないかと思うわけです。

では、その”死の期間”はいつから始まりいつ終わるのか?

死の期間のはじまりは人それぞれによって違うのではないでしょうか?

おそらく死の期間のはじまりは死を意識したときからはじまると思います。

生と重なりながら死の期間を生きている。

その生と死の比重が徐々に死の比重が大きくなり、最後に死の期間が終わる。
そして死後の世界が始まるのではないでしょうか?

死の期間が終わるのはいつか。

人としての機能が停止していても、死の期間が終わっているわけではないと最近思います。

死の期間が終わるのは、人としての役目が終わった時ではないでしょうか?

たとえ呼吸は止まり、心臓は止まったとしても、家族が死を嘆き悲しみ、まだ、声をかけている時というのは、死の期間は終わっていない。

お通夜の時も、お葬式の時もまだ終わっていない。

おそらく、多くの人はお葬式の最後に火葬されるとき、その姿を最後に見届けるときに死の期間が終わるのではないか。


そして、そこからが”死後の世界というものがあるなら始まるように思います。

死は”瞬間”ではなく”期間”だと最近思います。









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☆かぜ☆



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☆かぜ☆


こんばんは、きんせい☆です。

今日は(も?)なんとなく思ったことを書きます。



山道にふと立ち止まればなんと静かなことか

歩いているときははぁはぁと自分の息、ざっくざっくと自分の足音、
何よりうるさいのは自分の雑念

ふと立ち止まって空を見上げれば雲が流れている 静かに
高い木が風に揺れている 少しだけ音を残して

静かな世界に木の揺れる音だけが耳に届く

雑念も一緒にどこかに消えて静かだ

そしてなんだか孤独な感じがした

孤独な感じだけどさみしくはない

風がいる 木がある 花もある


自分がいた







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☆2足の靴☆



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☆2足の靴☆


こんばんは、きんせい☆です。

ここ最近センチメンタルな気分が続いていたので、

今日は、なんとなくラブストーリー風の詩を書いてみました。



〜2足の靴〜


そういえば昨日だったっけ

君と街を歩いたのは?


雨の降る中、水たまりをさけながら押し合いっこ

いつも濡れるのはぼくの靴


次の日 晴れのベランダには2足の靴が並ぶ

掃除機をかける音が5月の空に届く昼下がり


澄んだ空に浮かぶ雲のその向こうに未来を想う


いつかきっと僕たちは年をかさね

おじいちゃんとおばあちゃんになるだろう


そのときも、雨の日には一つ傘の下押し合いっこ

ベランダには2足の靴がならぶといいね



多くのすばらしい人と出会う機会に恵まれていることに感謝しつつ、
少しでも、みなさんの生活が幸せで豊かになりますように(^^♪

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